言葉日記

【きがあう】
家の庭に「気が合う」が生えた
そういうこともあるんだなあ
生まれたものは
育てなければならない
私は100円ショップに
ゾウさんじょうろを買いにいく
ミドリにしようか
ピンクにしようか悩む
両方買ったって
たかだか200円なのだけれども
きっとそれではいけないのだと思う
なんてまじめに考えてみると
「気が合う」に気がある
みたいでちょっと恥ずかしい


【こおどり】
神社でおみくじを引く
大吉なんて狙っていない
私はだんぜん小吉が好きだ
小さい子供の名前みたいで
かわいい
けれど引いたおみくじには
「小躍り」と書かれていた
なんだかひょっとこみたいだな
口を斜めにひょいと曲げ
ほんのりおどけて歩いてみる
だんだん楽しくなってきた
どんなことだって気の持ちよう
帰りにビールとうるめを買おう
今日の運勢は「小躍り」


【ほおづえ】
散歩の途中で「頬杖」に躓いた
躓いて転んだ
膝を擦りむいた
何度目かのことではあるが
何年ぶりのことだろう
「頬杖」はどこにでもあって
その一つひとつに
注意を払うことは
なかなかに難しい
それに意味のないことだとも思う
擦りむいた膝の痛みは懐かしい
懐かしいけれどやっぱり痛い


【いちやづけ】
「一夜漬け」が降っているので
今日のサッカーは中止
怪我をしてまで
風邪をひいてまで
しなければならないこと
なんて何もないはずだ
私は温かい部屋の中で
4杯目のコーヒーを飲み干して
5杯目のコーヒーをカップに注ぐ
そろそろ「一夜漬け」も
あがるかもしれない
けれど外に出て行く気はない


【こころいき】
映画のチケットを買おうと
列に並ぶ私の前に
「心意気」が割り込んできた
実にけしからんことである
文句を言おうとして
口を開きかけた私を
「心意気」は睨みつけてくる
鼻息が荒い
うでも太い
まあいいや
時間なんて腐るほどあるし
急いでいるわけでもないし
なんて意気地なしな自分
今日は「心意気」に負けた


【あらぶる】
お隣の部屋のベランダに
「荒ぶる」が干されている
太陽が眩しい日曜日の午後
私もベランダに出て煙草を吸う
部屋の中から
ボブ・ディランの声が溢れてくる
やさしい風が「荒ぶる」を揺らす
煙草の煙がせせらぎのように
青空へとのびていく
今日も世界は平和ですね
と「荒ぶる」に話しかけてみた
本当は世界のことなんて
何一つ知らないのに


【ねびえ】
「寝冷え」と別れた
もう何年も一緒だったのに
お互いに言いたいことは
たくさんあったけれど
それらはすべて 
さよなら
という短い言葉に
変換するしかなかった
「寝冷え」がいなくなった
この部屋はひどく寂しい
一晩ぐっすりと寝れば
こんな気持ちも和らぐだろうか
そうでないなら
明日なんか来なくていい


【がんそ】
動物園の檻の中には
「元祖」が入れられていた
檻の中ってのはさ
犯罪者が入るところじゃないのか
そんなことを考えると
もうたまらなく
泣きたい気持ちになってくる
この動物園には
子供の頃も来たことがあったっけ
あの時はどんな気持ちで
檻の中を見つめていたんだろう
そんな昔のことは
もうすっかり思い出せない