HENRY


「ヘンリーってのは
 どこの国のサッカー選手だい?」



ねえ、母さん
ヘンリーはアイルランドの選手だ
ヘンリーはアイルランドのカレッジのチームで
今日もベンチを温めている
ヘンリーの親父さんはスコットランド人で
それはそれは酷いサッカー狂いだけど
ヘンリーはそれほどサッカー狂いってわけでもないんだ
どちらかといえば6:4ぐらいで女の子に狂ってる


けど、母さん
ヘンリーは今日も死ぬほど必死で練習しているんだ
ヘンリーは監督とそりが合わなくてさ
今日はとうとうベンチにすら入れなかったよ
けれどヘンリーはそれほど下手なわけじゃない
ただちょっとアイツはドリブルが好きで周りが見えてないんだな
それに大好きだった女の子にふられたばかりで
落ち込んでもいたんだ


そうだ、母さん
ヘンリーはフォワードの選手なんだ
ヘンリーはとにかくセルフィッシュなプレイヤーでね
ボールを持っている奴が王様だなんて
アイルランド人のくせにブラジル人みたいなことを言うんだ
スコットランド人の親父は相変わらずのサッカー狂いだよ
そのせいでヘンリーが七歳のとき
母親は家を出ていってしまったんだけどさ



「ヘンリーのユニフォームは
 ずいぶんと日本代表のユニフォームに似ているねぇ」



ああ、母さん
それはヘンリーのユニフォームじゃないんだ
それはアンリのユニフォームなんだ
HENRYって書いて“アンリ”って読むんだ
アンリはフランス代表のスーパースターだ
本当だよ
ヘンリーはアイルランド人だし
特別な人間じゃないから
レ・ブルーのメンバーには選ばれないんだ
けれどヘンリーはサッカーを心から愛している
これも本当だよ
アンリがフランス国民の期待を一身に背負って
華麗なゴールを決めるとき
ヘンリーはサッカー狂の親父の期待を背負って
泥臭いゴールを決めるんだ


でも、母さん
アンリだってヘンリーだって一緒だろ
だれだってひとつの情熱の裏に
いくつもの人生を抱えているじゃないか
きっとアンリだってかつて
女の子にこっぴどくふられたこともあるさ
きっとヘンリーのゴールもいつか
親父以外の誰かの心に深く突き刺さる日がくるさ


だって、母さん
誰だって自分の才能のなかで
幸せになる権利ぐらい持っているだろ
なあ、そうだろ、そうじゃないか