ハッピーバースデー

さようなら
僕たちの悲しいハッピーバースデー
水面に漂う木の葉のように
何処に辿り着くかも分からないまま
消えていく過去 現在 未来
そしてもう始まることのない時間
さようなら さようなら さようなら
いくつものさようならのために
飛んでいくジェット機
そして さようなら
僕たちの悲しいハッピーバースデー
DNAの螺旋階段を駆け上る時限爆弾
爆発するの?しないの?
ボン!!
砕け散るDNA 飛び散るDNA
終わりの記憶は伝えられないの
だから
さようなら さようなら さようなら
僕たちの悲しくも温かい血液
溢れる出るハッピーバースデー
水面に漂う木の葉のように
静かに沈んでいくのは記憶
産まれなかった僕たちの未来
さようなら さようなら さようなら
僕たちの悲しくも正しい時代
始まることのないハッピーバースデー

HENRY


「ヘンリーってのは
 どこの国のサッカー選手だい?」



ねえ、母さん
ヘンリーはアイルランドの選手だ
ヘンリーはアイルランドのカレッジのチームで
今日もベンチを温めている
ヘンリーの親父さんはスコットランド人で
それはそれは酷いサッカー狂いだけど
ヘンリーはそれほどサッカー狂いってわけでもないんだ
どちらかといえば6:4ぐらいで女の子に狂ってる


けど、母さん
ヘンリーは今日も死ぬほど必死で練習しているんだ
ヘンリーは監督とそりが合わなくてさ
今日はとうとうベンチにすら入れなかったよ
けれどヘンリーはそれほど下手なわけじゃない
ただちょっとアイツはドリブルが好きで周りが見えてないんだな
それに大好きだった女の子にふられたばかりで
落ち込んでもいたんだ


そうだ、母さん
ヘンリーはフォワードの選手なんだ
ヘンリーはとにかくセルフィッシュなプレイヤーでね
ボールを持っている奴が王様だなんて
アイルランド人のくせにブラジル人みたいなことを言うんだ
スコットランド人の親父は相変わらずのサッカー狂いだよ
そのせいでヘンリーが七歳のとき
母親は家を出ていってしまったんだけどさ



「ヘンリーのユニフォームは
 ずいぶんと日本代表のユニフォームに似ているねぇ」



ああ、母さん
それはヘンリーのユニフォームじゃないんだ
それはアンリのユニフォームなんだ
HENRYって書いて“アンリ”って読むんだ
アンリはフランス代表のスーパースターだ
本当だよ
ヘンリーはアイルランド人だし
特別な人間じゃないから
レ・ブルーのメンバーには選ばれないんだ
けれどヘンリーはサッカーを心から愛している
これも本当だよ
アンリがフランス国民の期待を一身に背負って
華麗なゴールを決めるとき
ヘンリーはサッカー狂の親父の期待を背負って
泥臭いゴールを決めるんだ


でも、母さん
アンリだってヘンリーだって一緒だろ
だれだってひとつの情熱の裏に
いくつもの人生を抱えているじゃないか
きっとアンリだってかつて
女の子にこっぴどくふられたこともあるさ
きっとヘンリーのゴールもいつか
親父以外の誰かの心に深く突き刺さる日がくるさ


だって、母さん
誰だって自分の才能のなかで
幸せになる権利ぐらい持っているだろ
なあ、そうだろ、そうじゃないか

考察


〈海辺にて〉
水平線に帽子を被せている人を見た
世界と対等に向き合うということは
それほど
難しいことではないのかもしれない
子供たちに蹴飛ばされた波が
海の向こうで
砂浜に描かれた絵を消している
(あるいは誰かを暗い海の底へと)
傷つけることでしか
繋がれない時もある
じっと見つめられると
やはり
僕らは無口になってしまう


〈学校にて〉
先生をビーカーに入れて
塩酸で溶かすと
同じだけの虚しさが
胸の中に生まれた
誰かが質量保存の法則だ、と叫び
それはたぶん正しいことだった
その日
トスカーナ州の子供たちは
ピサの斜塔を蹴り倒し
てんで間違っている、と叫んだ
それもまた正しいことなのだろう
誰も間違わなかった日
世界は少し
間違っているように見える


〈野原にて〉
遠い山の向こうへと繋がる
七色の虹を
その人は背負っていた
重くないですか
と尋ねると
その人はすこし微笑んでから
紺色を手渡し
故郷の虹は六色でした
と寂しそうに呟いた
空っぽでいっぱいの野原の上を
風が吹き抜けていく
有ることも、無いことも
大して変わらないのかもしれない


〈会社にて〉
同期の桜が散ったから、夏
些細な変化は時計によく似ている
受付の女の子は朝からずっと
体温計を口に咥えたまま
お客さまの顔を忘れ続けている
(ところで、その娘の名前が思い出せない)
会社の七不思議はすべて
産業スパイに盗まれてしまったので
この会社は今日も
どこか遠い南の島に似ているような気がする
定時になり
受付の女の子がタイムカードを押す
36度2分の安心と絶望


〈駐車場にて〉
霊安室には
色とりどりの車が安置されている
存在とは形ではなく
温度で定義されるものらしい
すでに
どんな夏の思い出も
語ることのない麦わら帽子の穴に
誰かがキーを差し込む
ギアをバックに入れたまま
一人またひとりと
この場所から去っていく
住むべき世界はいつだって
世界のすぐ隣にあるのかもしれない
けれど
どれだけ速度を上げたとしても
僕らはもうその場所へ
たどり着くことはできない


〈再び海辺にて〉
砂の上に描かれた
いくつもの設計図は
飛び立つこともなく消えていった
海の向こうで
誰かが蹴飛ばした波に
取り留めもないもない言葉たちが
呑み込まれていく
もはや
どんな神もいない三次元の水平線で
始まりと終わりが明滅している
少しずつ薄れていきながら
僕たちは、祈るかわりに思考する

目の前でゆっくりと死んでいくあなたが、トーストにマーガリンを塗る朝の食卓で


鈴木が首を吊ったという知らせをうけて
テーブルの上を見てみれば
なるほど
胡椒入れの横で
鈴木が首を吊っているから
いたたまれない気持ちになって
伸びきった首を掴んでロープを外してやると
鈴木嬉しそうにキャンキャン吠えて
テーブルの上を走り回って
季節はいつのまにか冬になって
鈴木真っ白な雪の上に
小さな足跡をつけながら走っていく
鈴木の後ろを追って
まだ新しい雪に足をとられながら
走っていくわたしのことなんか
振り返りもしない鈴木の背中が
大きくなって
小さくなって
また大きくなって
追う者と追われる者の関係は
もうすっかり消え果てて
それでも
走って走って走りつづけて
いつかの春の河原を越えて
饐えた臭いのする体育館を駆け抜けて
色とりどりの店が並ぶ商店街を突っ切って
走って走って走り続けたい
と願うわたしの足は
ゆっくりと固まってゆき
それでも鈴木は走りつづけて
みるみる小さくなっていく鈴木の
首には太いロープが巻かれていて
救う者と救われる者の関係は
正しく意味を失ってゆき
もう追いつくことのできない鈴木の姿が
テーブルの何処にもないことに気が付いて
目の前で不思議そうな顔をしているあなたの
首のあたりを眺めている

帰郷

足を拾いに行きました
海の匂いのする街でしたが
この街に海はありませんでした
足を拾いに行きました
この街にも海があればいいと
子供の頃から思っていました
父に海をねだったこともありましたが
最近ではめっきり
酒に弱くなったのは父でした
足を拾いに海へ入りました
海は冷たかった気がします
弟を埋めた場所はどこだったでしょうか
とても無口な弟でした
海のことなどもうすっかり思い出せません
海月という言葉を母が忘れたのは
二十世紀の終わり頃でした
この街にはずっと昔から
海などありませんでした
たくさんの海を泳ぎまわるために
足が必要な子供だったのは私でした
足を拾ったその足で
父の墓へと向かいました
苔生した墓石に酒をかけると
とても懐かしい海の匂いがしました
この街に海はありませんでした

言葉日記

【きがあう】
家の庭に「気が合う」が生えた
そういうこともあるんだなあ
生まれたものは
育てなければならない
私は100円ショップに
ゾウさんじょうろを買いにいく
ミドリにしようか
ピンクにしようか悩む
両方買ったって
たかだか200円なのだけれども
きっとそれではいけないのだと思う
なんてまじめに考えてみると
「気が合う」に気がある
みたいでちょっと恥ずかしい


【こおどり】
神社でおみくじを引く
大吉なんて狙っていない
私はだんぜん小吉が好きだ
小さい子供の名前みたいで
かわいい
けれど引いたおみくじには
「小躍り」と書かれていた
なんだかひょっとこみたいだな
口を斜めにひょいと曲げ
ほんのりおどけて歩いてみる
だんだん楽しくなってきた
どんなことだって気の持ちよう
帰りにビールとうるめを買おう
今日の運勢は「小躍り」


【ほおづえ】
散歩の途中で「頬杖」に躓いた
躓いて転んだ
膝を擦りむいた
何度目かのことではあるが
何年ぶりのことだろう
「頬杖」はどこにでもあって
その一つひとつに
注意を払うことは
なかなかに難しい
それに意味のないことだとも思う
擦りむいた膝の痛みは懐かしい
懐かしいけれどやっぱり痛い


【いちやづけ】
「一夜漬け」が降っているので
今日のサッカーは中止
怪我をしてまで
風邪をひいてまで
しなければならないこと
なんて何もないはずだ
私は温かい部屋の中で
4杯目のコーヒーを飲み干して
5杯目のコーヒーをカップに注ぐ
そろそろ「一夜漬け」も
あがるかもしれない
けれど外に出て行く気はない


【こころいき】
映画のチケットを買おうと
列に並ぶ私の前に
「心意気」が割り込んできた
実にけしからんことである
文句を言おうとして
口を開きかけた私を
「心意気」は睨みつけてくる
鼻息が荒い
うでも太い
まあいいや
時間なんて腐るほどあるし
急いでいるわけでもないし
なんて意気地なしな自分
今日は「心意気」に負けた


【あらぶる】
お隣の部屋のベランダに
「荒ぶる」が干されている
太陽が眩しい日曜日の午後
私もベランダに出て煙草を吸う
部屋の中から
ボブ・ディランの声が溢れてくる
やさしい風が「荒ぶる」を揺らす
煙草の煙がせせらぎのように
青空へとのびていく
今日も世界は平和ですね
と「荒ぶる」に話しかけてみた
本当は世界のことなんて
何一つ知らないのに


【ねびえ】
「寝冷え」と別れた
もう何年も一緒だったのに
お互いに言いたいことは
たくさんあったけれど
それらはすべて 
さよなら
という短い言葉に
変換するしかなかった
「寝冷え」がいなくなった
この部屋はひどく寂しい
一晩ぐっすりと寝れば
こんな気持ちも和らぐだろうか
そうでないなら
明日なんか来なくていい


【がんそ】
動物園の檻の中には
「元祖」が入れられていた
檻の中ってのはさ
犯罪者が入るところじゃないのか
そんなことを考えると
もうたまらなく
泣きたい気持ちになってくる
この動物園には
子供の頃も来たことがあったっけ
あの時はどんな気持ちで
檻の中を見つめていたんだろう
そんな昔のことは
もうすっかり思い出せない